東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2234号 判決
被控訴人から控訴人らに対する長野地方法務局所属公証人剣持延治作成第二七二八〇号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本にもとずく強制執行は、金七万六千六百九十二円四十六銭及びこれに対する昭和二十五年二月一日から支払ずみにいたるまで金百円につき一日金二十銭の割合による金員を超える部分については、これを許さない。
控訴人らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。
本件につき長野地方裁判所松本支部が昭和二十五年二月十三日にした強制執行停止決定は、第二項の金員の限度につきこれを取消し、右金員を超える部分についてはこれを認可する。
前項に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
控訴人ら訴訟代理人は原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す、被控訴人から控訴人らに対する長野地方法務局所属公証人剣持延治作成第二七二八〇号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本にもとずく強制執行は許さない、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原判決に事実として記載されたところと同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人ら四名及び訴外中村寅一が昭和二十四年二月二十四日被控訴人から金十五万円を利息年一割、弁済期同年三月二十四日、弁済期後の遅延損害金百円につき一日金二十銭の約束で連帯して借受ける旨の契約をし、これにつき主文掲記の公証人をして同掲記の公正証書を作成せしめ、右公正証書には右の各記載及び控訴人らの執行認諾の意思表示の記載があり、これが現に被控訴人から控訴人らに対する債務名義として存在していることは当事者間に争いがない。
控訴人らは右公正証書記載の消費貸借は当事者間に現実に授受された元金十三万二千円につき右記載の約旨で有効に成立したに過ぎないと主張するところ、被控訴人は当時控訴人らに対し元金十五万円を現実に交付し、その中から金一万八千円を金銭貸付の謝礼としてあらためて控訴人らから貰受けた旨抗争するので、この点について判断すると、原審及び当審における証人中村寅一の証言、原審におけ原告深沢徳雄、同東本吉弘、同柳沢長雄及び被告各本人尋問の結果中後記信用しない部分を除く)をあわせ考えると、本件消費貸借においては被控訴人は控訴人らに対し右貸借当日前記公証人役場において公正証書作成の際約定の元金十五万円から金一万八千円を天引控除して残額金十三万二千円を現実に交付したものであることを認めることができる。右被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。金銭消費貸借契約はいわゆる要物契約であるから、現に金銭の授受のあつた額について有効に成立すべきものであるが、現実の授受がなくても授受があつたと同一の経済的利益を借主に帰せしめる場合は、これについても消費貸借の成立を認めて差支えないのであるけれども、本件において右金一万八千円の天引については被控訴人はたんに謝礼であると主張するだけであつて、本件の貸借にあたつて特に別段の手数や労力を費した事実は認められないから、控訴人らが利息損害金の外さらに謝礼を支払うべき事情にあるものとは解し難いところであつて、その他に右金員天引の性質については被控訴人のなんら主張しないところであるから、結局右天引については金銭授受と同一の経済的利益を借主に与えたものということはできない。従つて本件消費貸借は現に授受のあつた金十三万二千円を元本とし、その限度において有効に成立したものに過ぎないといわなければならない。
控訴人らは右債務の弁済として被控訴人に対し昭和二十四年三月二十九日金一万八千円を支払つたのをはじめとして別紙計算表<省略>入金年月日、入金額のらんに記載されたとおりの支払をしたので、これによつて本件債務は元金、利息及び損害金ともすべて、原判決添附入金関係計算書記載のとおり消滅したから、ここに前記公正証書の執行力の排除を求めると主張し、右金員支払のうち控訴人ら主張の昭和二十五年一月二十一日の金二百円(別紙計算表XV)を除いては、控訴人ら主張の支払のあつた事実は当事者間に争なく、原審における原告深沢徳雄本人尋問の結果によれば右金二百円支払の事実もこれを認めるに足りる。
被控訴人は本件消費貸借においては当事者間において弁済期後の遅延損害金は公正証書記載の約旨にかかわらず元金に対する月一割二分の金員とする旨の特約が成立したもので、控訴人らの支払つた前記金員はすべて本件貸借の利息及び右遅延損害金に充当され、元本の中には少しも充当されていないから本件債権は消滅していないと主張する。よつて右特約の有無について検討すると、原審における証人志村清美、橋本保輔、原審及び当審における証人中村寅一の各証言、原審における原告柳沢長雄、同被告、原審及び当審における控訴人深沢徳雄(但し原審における被告及び原告深沢本人尋問の結果中後記信用しない部分を除く)各本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えると、控訴人ら及び中村寅一は中信資源株式会社という廃品回収を目的とする会社を設立し、控訴人深沢徳雄を取締役社長としその余の者らもそれぞれ右会社の役員として右会社の運営にあたつていたが、右会社の事業資金にあてる目的で本件金員を控訴人ら及び右中村において個人として連帯借用することとなつたものであるところ、当時控訴人らは被控訴人に対する右金借の交渉をもつぱら中村寅一に委任し、同人において被控訴人と折衝したのであるが、被控訴人はもともと金融業者であつて、従来他に対する貸金については期限後の遅延損害金は月一割五分とするのを例とし、本件についても同様の意向を示したので、右中村はこれを控訴人らにはかつたところ、月一割五分は高いとの声があつたので、さらに右中村において被控訴人と折衝して結局期限後の遅延損害金は月一割二分とすることになり、控訴人らもこれを諒承してその特約の下に本件消費貸借が成立したものであること、公正証書記載の遅延損害金日歩金二十銭の条項については右交渉中にも殆んど話が出ず、全く形式的のものであつたことを認定するに十分である。この点につき乙第一号証には「万一期日ニ返済出来ザル時ハ期日後一ケ月月一割二分ノ延期料ヲ各月二十五日前払可致候」と記載されているけれども、右書証の成立に関する前記被告本人尋問の結果は信用できず、当審における証人中村寅一の証言によれば、同証ははじめ白紙に右中村において控訴人ら及び中村の氏名(但し控訴人深沢についてはあやまつて深沢徳徳とした)を書いて、控訴人深沢を除くその余の氏名の下に同人らの認印を押して被控訴人に差し入れたものに、被控訴人において本文として前記の文言を記載したもので、このような念書の成立していることは控訴人らは承知していないことを推認し得るところであるから、(原審における鑑定人北原隆清の鑑定の結果中右本文の記載が氏名等の記載より先であるとする部分は、合理的な根拠あるものでなく、直ちに採用し得ない。)右乙第一号証は真正に成立したものということはできず、とつてもつて本件の事実認定に供することはできない。右認定に反する原審における原告東本吉弘、同柳沢粛、同深沢徳雄及び被告各本人尋問の結果は信用せず、その他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
控訴人らは弁済期後に利息制限法所定の制限利率を超える遅延損害金を支払うべき特約をすることは、利息制限法、貸金業等の取締に関する法律、臨時金利調整法等の所定の制限を免れる目的をもつてなされた脱法行為であり、他面憲法第十二条に違反する権利濫用行為であつて、公序良俗に反するものであるから無効であると主張するが、右特約は遅延損害金に関するものであつて、利息に関するものではなく、前認定の事実と弁論の全趣旨に照らせば、本件貸借は会社の事業資金にあてるためのものであり、控訴人ら及び中村を連帯債務者とする外なんらの物的担保の設定もないことは明らかであつて、これにひつぱくした戦後の金融界その他経済界一般の実情をあわせ考えれば、本件のように弁済期後の遅延損害金を月一割二分と定めたことは、必ずしも「損害ノ補償ニ不当ナリト思料ス」べきほど高額に失するものということはできず、これによつて直ちに脱法行為であり、権利の濫用であり、公序良俗に反するものとはいうことができず、その他に控訴人らの主張を肯認せしめるに足りる特段の事情は本件において認められないところである。(昭和二十四年法律第一七〇号貸金業等の取締に関する法律によれば、貸金業を行う者はあらかじめ所定の事項を大蔵大臣に届出なければならないことは明らかであるが、右法律の施行は本件貸借の後であるばかりでなく、右届出をしない間にした貸借が直ちに無効となるものとも解することはできないから、これをもつて控訴人らの主張を裏付けることは相当でない。)控訴人らのこの点の主張は理由がない。
よつて控訴人らのした前記各弁済の充当について判断するに、本件は元金十三万二千円及びこれに対する貸借成立の日である昭和二十四年二月二十四日から弁済期である同年三月二十四日までの年一割の利息並びに同月二十五日から支払ずみにいたるまで月一割二分の遅延損害金につき有効に成立していることは前記のとおりであつて、控訴人らの右各弁済がそれぞれ全債務を消滅せしめるに足りないことは明白であるから、民法第四百九十一条第一項によつて、各弁済の都度その時までの利息又は遅延損害金に充当し、余剰があるときは元本に充当されるべきものであることは明らかである。もつとも前記証人中村寅一、同志村清美、同橋本保輔の各証言によれば前記金員は本件債務の利息及び遅延損害金として支払われたものであることをうかがい得るけれども、これは元金を十五万円とした場合を前提としていることはおのずから明らかであつて、これによつて特に右民法の規定を排除する合意があつたものとは認め難いのみでなく、利息又は遅延損害金の前払いの特約あることは被控訴人のなんら主張しないところであり、前記乙第一号証の成立が認め難く、この点の被告本人の供述が信用し得ないこと前記のとおりでその他にこれを認めるべき証拠はないから、利息又は遅延損害金として支払われた金額が、その支払の時までに生じた利息又は遅延損害金の額を超えるときは、その部分が元本に充当されるべきことは当然である。以上の方針に従つて計算すれば、その結果は別紙計算表記載のとおりであつて、結局控訴人らは最後の弁済の時において、元金七万六千六百九十二円四十六銭及びこれに対する昭和二十五年二月一日から支払ずみにいたるまで月一割二分の遅延損害金について支払義務あることとなり、その余の部分は弁済によつて消滅したことが明らかである。ところで右月一割二分の遅延損害金は前記公正証書に記載のないことは自明であるから、本件債務名義の執行力としては前記元本残額及びこれに対する昭和二十五年二月一日から支払ずみにいたるまでの月一割二分の範囲内で公正証書記載の元金百円に対する一日金二十銭の割合による遅延損害金についてのみ存するものというべく、その余の部分については執行力はないものとしてその強制執行は許すべきものでない。
よつて控訴人らの本訴請求を右の限度で正当として認容しその余を理由なしとして棄却すべきところ、原判決は右限度内の請求までも棄却したものであるから、これを右のように変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条、第九十三条を、強制執行停止決定の認可及び取消並びにその仮執行の宣言につき同法第五百六十条、第五百四十八条第一、二項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)